【笑農人vol2】有限会社アグリおがわ 小川好美様

 

富山県下新川郡入善町野中。富山平野には横断する四本の線がある。主要道路の国道8号線と北陸高速道、それにJR並行のあいの風鉄道と北陸新幹線。この並走する四本線の東端が海岸線に迫って収束するあたりの中山間地に『有限会社アグリおがわ』がある。事務所に着くと、優しい好美さんは道に迷った私を心配して探しに出られていた。

 

 

■茶道とともに

好美さんには茶道がある。今年の農閑期には初めて茶事の亭主を務めた。

茶事は、お客様を招き、まず懐石料理を、続いて濃茶、薄茶をお出ししてもてなす催し、言いかえるなら数時間をかけてお茶のフルコースを味わっていただく茶会である。「茶道は総合芸術だ」と言われるように、茶室は古くから美術館の役割を果たしてきた。茶碗などの茶道具や掛け軸を鑑賞する場所となり、香道や華道などの要素も含めて五感を通して美を味わう空間となる。その茶室で、形式美を追求した所作を繰り返し稽古しながら培われていく『おもてなしの心』を発揮する場が茶事である。亭主は、お客様の顔ぶれや季節、行事に合わせて最適な道具や茶、菓子、着物を選ぶ。そして当日はお客様への挨拶から始まり、その場の状況を見ながら手伝う方へ指示を出して進行するという、力量が求められる。

終わったばかりの茶事を振り返り、ひと仕事を終えた充実感と開放感の中で、好美さんは生き生きと茶道との出会いについて語ってくれた。

茶道を学ぶきっかけは、社会人としてのキャリアを始めた時、勤めた病院の医院長から勧められた習い事のひとつが茶道だった。それ以来、もう数十年になる。当時はこんなに夢中になろうとは思ってもみなかったが、振り返ってみると、人生の中でのいくつかの転機の度に行きつ戻りつしながら、茶道との関係は確実に深化してきた。今では、自宅改築の際に茶室を造るほど茶道は人生の一部になった。この庵は、どんな忙しい時も好美さんを奮い立たせてくれる修練の場であり、自分自身に戻れる憩いの場でもある。

 

 

■看護師として生きる

二人姉妹の長女として育った好美さんは、進路を選ぶ頃になると「若いうちに何か手に職をつけたい」と思案し、病院で働きながら学ぶ准看護師の道を選んだ。この時には、兼業農家だった父の仕事を継ぐことなどは全く考えなかった。

18歳から親元を離れ、近隣の中心市で、同じように学び働く仲間たちと寝食を共にしながら、3年間の通学と実務経験を経て産婦人科に就職した。医院長の女医先生は、好美さんにとって上司であり、親代わりであり、人生の師でもあった。まだ幼さを残した子女を預かると、費用はすべて負担して茶道と華道に通わせたのは、仕事の知識や技術以外に、教養となる何かを身に着けて欲しいという親心だったようだ。

産婦人科で新しい命を待ち望む患者さんのために働くことは、好美さんにとってとてもやりがいのある仕事だった。5年ほど働いたのち、仕事を通じて知り合った勝利さんと結婚。若くして溶接業の会社を友人と経営する働き者の旦那様との生活も順調だった。しかし、バブル崩壊後の不況を発端とする経済情勢が勝利さんの会社を揺るがし始めた。その際に、勝利さんの心中にどのような決断があったのかを思い図ることはできないが、義父にあたる好美さんの父親との話し合いの後、勝利さんは営んでいた会社を清算して、好美さんの実家に二人で同居し、経験がないにも関わらず農業をすることになった。これに伴い、好美さんは准看護師として近くの介護老人保健施設に初めての転職をした。

 

 

■家族と共に農業で生きる

勝利さんが農業を始めた翌年、好美さんの妹もおもむろに加わった。続いて翌年には好美さんも仲間入りした。両親と夫や妹が夢中になって楽しそうに働くのを見て、自然に「私も一緒にやりたい!」と心が動いた。またその頃、准看護師の仕事が産婦人科と施設では求められる役割が異なる現実を受けとめ、胸中でひとつの結論が出たこともあった。

それでも決断の後、農繁期までの冬の3ヵ月間、好美さんは毎日、茶道の師匠の自宅に通い、弟子としての一切ができるようになるまで修行を積んだ。雪道を往復3時間以上かけて通ったその頃のことを「何を思っていたんだろうね」と好美さんは笑った。凛として、タフそうに見える好美さんが、しばし人生の中でもがいた痕跡を垣間見た気がした。

こうして小川家は、朝日町で初めて家族経営協定※を締結し、家族みんなで経営方針や役割分担について話し合いながら働きやすい環境づくりをしていった。農業に携わる人数が増えてくると、近所からも「うちの田んぼも来年から面倒を見て欲しい」と持ち掛けられることが多くなり、しだいに耕作面積が増えていった。

好美さんが加わって7年ほど経った2005年、自宅敷地内の作業場が手狭になったのを機に、法人化して『有限会社アグリおがわ』を設立し、200mほど離れた場所に本拠を移した。たまたまその場所の行政区が自宅とは異なる入善町であったことで、自宅のある朝日町のみならず入善町の地域青年部や農業青年部とも繋がりが生まれ、活動域が一気に広がった。

好美さんも農業に携わる女性同士の活発な交流の場にも招かれ、『真珠の会』や『おいしいやさい部』などの活動を通じて、「美味しいものは人を元気にする」というやりがいに目覚めていった。

 

 

■求められるものをいち早く

長年、『アグリおがわ』は地元から求められることにいち早く応えていく、という姿勢を貫いてきた。

県内で初めて2006年に朝日町の先輩農家と好美さんの二人で手掛けたプチヴェール栽培もそのひとつである。プチヴェール(Petit vert)はフランス語で『小さな緑』の意味。球状にはならないが芽キャベツの一種で、バラの花が咲いたような小さな実を茹でると、緑色が一層鮮やかになりほんのりとした甘みが感じられる。今では、メンバも7軒に増え『プチの会』が結成されるほど、冬のハウス栽培の主要な作物として根付いている。

また2010年に行政からの声のかかった『富山ベリーベリープロジェクト』におけるラズベリー栽培にも応じた。県内では実績のない果実のため、他の参加者たちと秋田県まで研修に出掛けて栽培方法を学び、地元の環境に適した品種を見つけ出すところからの出発だった。10年余り経った今では、専用ハウスの中で70ポットに増え、ニョキっと芽が出る春が待ち遠しい。稲作の手があまりかからない6~7月に収穫期を向かえ、ほどよい酸味のある華やかな赤い果実は地元直売所でも人気で、他にも県内の洋菓子店や高級ホテルなどでも使われている。好美さんの名刺には、今にも転がり出そうなラズベリーの生き生きした実が描かれている。

また、2013年からは朝日町の柿出荷組合からの依頼で、早生柿を熟成させた柿酢『柿じまん』の製造にもかかわっている。もともと婦人会活動の中から地域農産物の6次化によって誕生した製品の担い手としての役割を負っている。

他にも小松菜やなどの葉物野菜や新しい品種のお米など、行政や農協から依頼のあった作物をひとつひとつ勉強ながら挑戦し、丁寧に提供してきた。

 

 

■これからも地域の中で

小川家では毎晩、8人家族全員での宴会が始まる。日本酒を定番とする父親、ワインを愛する母親と好美さん、それに勝利さんと妹の夫がビールで加わり、その様子を二人の子供の世話をしながら妹が見守る。話題をつまみに、様々な思いを語り合うことで、絆を強めている。

これから先の『アグリおがわ』のことを考えた時、課題は社内だけでは収まらない。

ひとつには労働力不足がある。畦の草刈りもラズベリーの収穫も70代の作業者や主婦によって支えられているが、中山間地のこの地域における高齢化と過疎化は深刻である。また、もうひとつには気候変動の影響があり、近年になってお米の収量が落ちてきている。原因は高温障害によるものと推測されるため、従来のコシヒカリに拘らず高温や暴雨の被害を受けにくい品種も取り入れて栽培しているが、手探りの状況だ。稲作のみならず他の作物にも影響は出始めており、これまで培ってきた技術や経験だけでは同じ量や味を守るのは難しい状況になっている。

そのため地域の若い農業者の育成に協力し、地域全体の農業を活性化したいと考えている。

これまでも、子供たちの農業体験会の受け入れや農業分野での起業を目指す若者が作業を学びたいと門戸を叩けば、喜んで招き入れている。好美さん個人としても、地域の人たちが集うイベントでのお茶会再開のお手伝いや、地域の子供たちが定期的に茶道に親しむ機会を作って一緒に楽しみたいという夢もある。

 

 

インタビューの最後に「次はどんなもの育てたらいいと思います?」と好美さんから問いかけられた。

しっかり者の好美さんに育てられれば、どんな作物も立派に美味しく実り、どんな人も明るく逞しくなれるだろうと思った。

 

※家族経営協定:家族農業経営にたずさわる各世帯員が、意欲とやり甲斐を持って経営に参画できる魅力的な農業経営を目指し、経営方針や役割分担、家族みんなが働きやすい就業環境などについて、家族間の十分な話し合いに基づき取り決めるもの(農林水産省のサイトより)

 

■□■■□■■□■■□■■□■■□■■□■■□■■□■■□■■□■■□■■□■■□■■□■■□■■□■■□■■□■■□■■□■■□■

有限会社アグリおがわ

代表取締役 小川 勝利

富山県下新川郡入善町野中753

TEL 0765-82-0037

FAX 0765-82-0074

■□■■□■■□■■□■■□■■□■■□■■□■■□■■□■■□■■□■■□■■□■■□■■□■■□■■□■■□■■□■■□■■□■

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です


上の計算式の答えを入力してください