【笑農人vol1】株式会社Stay goldてらだファーム 代表取締役 寺田晴美様

 

富山県下新川郡入善町吉原。北アルプスを源流とする黒部川扇状地の扇の先にあたる海岸沿いの一帯。湧出する地下水が育んだ国指定天然記念物『杉沢の沢スギ』からほど近いところに『株式会社Stay goldてらだファーム』はある。代表取締役の晴美さんを訪ねると、人なつっこい笑顔が咲いていた。

 

 

■6周年の創立記念日にビニールハウス倒壊

2021年の年明けは近年ではめったにない寒波続きだった。その中でも特に1月8日の明け方から降り始めた雪は数時間のうちに一面を白く埋め尽くし、てらだファームの野菜が育てられているハウスの上にも降り積もっていった。翌9日になっても猛威を振い続ける大雪のなか、創立記念日にあたるこの日を晴美さんはじくじたる思いで過ごしていた。

「この雪から野菜たちを守らなければ」

しかし、この時すでに積雪はひざ丈以上になり、ハウスまで歩いて辿り着くことは不可能になっていた。大雪の予報は知っていた。前日の7日には父親とハウスのシートを外すことも話し合ったが折り合わず、最終的に対策をとらなかった自分の判断を後悔していた。

手をこまねいて見ているうちに、3日目には町全体が機能不全に陥り、除雪車を待ちながら観念するしかなかった。遠巻きに見守るハウスはなんとか持ち堪えていたが、4日目には全5棟中の3棟が脆くも倒壊し、雪の力で野菜たちは押しつぶされた。

 

※お昼のお弁当は希望者に寺田さんが手作りしています。高校新卒のルーキーも一緒に楽しいお昼ご飯

 

■仲間がいたから

ようやく雪害の状況を目前で確かめることができた時、頭の中が真っ白になった。駆けつけてきた従業員に対しての指示も浮かばないまま、これまで味わったことのない心情を個人のSNS上で吐露したところ思わぬ反応があった。「売り物にならない野菜があるなら買いますよ」という声があがったのだ。

「そうだ!この子達(野菜)を食べてもらいたい」

とりわけ7か月間丹精込めて育てた『雪白ネギ』は、今年も例年通りに甘く柔らかに育ち、出荷を目前にしていた。その一部はまだ潰れたハウスの中ですっくりと立っていた。

「一刻も早く貰ってもらおう」と心に決めて、いつもの半値以下の値段を提示して投稿すると、記事はすぐに友人たちによってシェアされ、シェアされた記事がまたシェアされ・・・瞬く間に対応することができないほど多くの購入希望者から反応があった。しかも、まだ除雪が整わない悪路の配達を、いつも野菜を購入してくれている飲食店の店主たちが買って出てくれ、次の日から数百kgの『雪白ネギ』が購入者の元へ運ばれていった。

購入者の中には、全く知らなかった友人の友人、更にそのまた友人もいた。ハウスの倒壊はてらだファームにとって大きな痛手だったが、これまで接点のなかった方たちとの新たな出会いのきっかけとなった。その後、ハウスの再建を進めるにあたり、倒壊したハウスの撤去作業にも多くの方が手伝いにやって来てくれた。感謝すると同時にこの恩に報いるためにも「やるしかない。頑張るしかない」という強い思いが沸き上がってくる。会社を設立するまでは、農業がこんなにも多くの人との出会いを生む職業であるとは考えてもいなかった。

■楽しいことだけやってきた

晴美さんの実家は代々続く稲作農家だった。会社勤めと兼業しながら田んぼで働く両親のことを幼心にも辛そうだと感じながら育った。そのため、高校を卒業し進路を選ぶ頃には、地味で、汚くて、体もきついし休みもない農業を職業として考えてもいなかった。

「楽しくないことはできない」そんな自分の気質をよく知っていた。

卒業後は「旅行が大好き」だから旅行会社に就職した。結婚し、出産し、再就職する時も、「ゴルフが大好き」だからゴルフ場のキャディを選んだ。仕事がどんなにきつくても、大好きなことをやっていて楽しいから辛くはなかった。

家庭の事情から、晴美さんの実家に同居することになった時、父は専業農家になっていた。吉原集落も過疎化が進み、加入していた営農組合の組合員も高齢になって稲作を続けることが難しくなり、離農者の田んぼを一つ引き受け、二つ引き受けているうちに耕作面積は徐々に増えていき、最終的には営農組合を引き取る形で、父親は一帯の田んぼを請け負っていた。

父に教えを乞うように夫が加わり、母と晴美さんはサポートすることになった。

本意ではなかった農業への道を歩むことになってしまったが「楽しくないことはできない」性分なため、逆転の発想で「楽しく農業をしたい!」と思い立って当時流行の兆しのあったブログを開設してみた。念頭には、お米の販売がネットを通じてできないかという気持ちはあったものの、農作業の日常や毎日の手作り料理を載せていくうちにだんだんとブログを通じての交流が楽しくなり、気づけば5年間ほぼ毎日更新していた。ブログ仲間から触発されて『野菜ソムリエ』資格にも挑戦した。野菜について勉強を始めてみると、知れば知るほど楽しくなりプチヴェールなどを自分でも育て始めた。

「可愛い色や形の実とか、花を見て癒されたい」

「減農薬で美味しく、可愛く、食べたことのないような野菜たちを地域の人にも食べて欲しい」

現在に通じるそんな思いが芽生えていった。

 

 

■会社をつくることになって

離婚という全く思いがけなかった転機がやってきたのは、そんな矢先だった。

現役を退きつつあった両親と就学中の娘との4人での再出発が始まると、否応なしに地域社会に引っ張り出されることになった。これまでは夫が出ていた農業関係者の会合に出席すると、年配男性の中で女性ひとりということが多く、社会人として全く異業種のなかで経験を積んだ晴美さんの感覚からすると「アレ?」と思う違和感の連続だった。

そのひとつが里芋生産組合でのこと。里芋などのイモ類は規格に沿わないB級品が多いことが問題となっていた。B級品が多いなら、それを材料として6次化※を進めれば、農閑期の副収入になると思った。試しに、通常は捨ててしまう親芋※とB級品を使って自分で里芋コロッケを試作すると、これまでにない食感があり美味しくできあがった。「これはいける!」と思い、組合の会合で初めて恐る恐る提案してみたが、実際に調理することのない年配の男性は誰も積極的に取り合ってくれなかった。「仕方ないか」と諦めかけたところに、「それやってみませんか?」と農協職員から声を掛けられた。

嬉しさ反面、ひとりではどうすればいいかわからない。そこで農業従事者の娘や嫁の情報伝達の場として以前から入善町にある『真樹(しんじゅ)の会』のメンバに声を掛けることにした。年に何度か一緒に美味しいものを食べ、語ってきた仲間たちのことを「ちょっと前の自分のようだ」と感じていた。農業において、父親や夫に言われたことをやるだけで、自分の経験や考えを仕事に活かせると思っていない、けれども潜在能力にあふれている。そんな彼女たちに晴美さんは「儲かるよ。一緒にやろうよ」と声を掛けた。協力してくれる仲間たちと農業祭で里芋コロッケを販売してみると見事に完売した。そこで正式に商品名を『さとっころっ』とし、2013年に女性加工グループ『百笑一喜』を仲間たちと立ち上げた。その年以降、農閑期に冷凍加工し、一年を通じて地域のイベントで出店販売を続けている。

いつしか「こんなに楽しい農業に、携わる人を増やしたい」という気持ちになっていた。

一方では、自分と両親だけで100枚以上になる田んぼを続けるのは、そろそろ限界にきていると感じてもいた。それなりの待遇で人を雇って長く続けたいという思いを形にするために法人化することとし、2016年株式会社Stay goldてらだファームを設立した。Stay goldには晴美さんの「キラキラ輝き続けたい」という思いが宿っている。

 

 

■10周年に向けて「楽しい」のその先へ

設立から5年間、ソコソコ上手くやってきたと思う。2013年から始まった農林水産省の「農業女子PJ」にも参加したこともあり、いわゆる『農業女子ブーム』が後押ししてくれた。楽しみながら同じ道を歩いてくれる女性の仲間やそれを見守ってくれる同業者、農協や行政担当者にも恵まれてきた。そして想像もしなかった飲食店の店主を中心としたお客様との出会いもあったと振り返る。父の代で取り組んでいた稲作と地場野菜に加えて、晴美さんが育ててみたい食べてみたいと思った野菜に次々に挑戦し、販売野菜の量や種類を増やしてきた。楽しかった。

今、状況も変わりつつある。どこに行っても女子ひとりという会合は減った。富山とはいえ、稲作以外の作物に取り組む専業農家も増えてきた。両親も80代になった。

続けてきたからこそ見えてきた課題、それに対して試してみたいことも沢山出てきている。

これからのてらだファームについて伺うと

「農業いいよ。儲かるよ!」

胸を張ってそう言える会社にしたいと晴美さんはキラキラ輝く笑顔で答えた。

 

 

※6次化:豊かな地域資源を活用して新たな付加価値を生み出そうとする一体的な取り組み。1次産業(生産)×2次産業(製造・加工)×3次産業(販売)の掛け合わせからそのように呼ばれる。

※親芋:種芋から最初に育つイモ。品種によっては食感が硬いことが多く、通常市場に並ぶのは親芋から育った子芋のみ。

 

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株式会社Stay goldてらだファーム  HP:http://terada-farm.com/

代表取締役 寺田晴美

富山県下新川郡入善町吉原4992-1

TEL 0765-72-3753

info@terada-farm.com

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